自分のバイクのエンジンについて、どれくらい説明できるだろうか。
ハーレーに乗っていれば「ミルウォーキー8」という名前は当然知っている。カタログにも書いてあるし、ディーラーでも聞く。でも「ツインカムと何が違うのか」「なぜカムがシングルに戻ったのか」「自分のバイクの117は他の117と同じなのか」と聞かれると、意外と答えられない人が多いんじゃないだろうか。自分もそうだった。
調べようとすると、今度は別の問題にぶつかる。ネット上の記事で数値が食い違っているのだ。107の排気量は1745ccと書いてある記事と1750ccと書いてある記事がある。トルクの向上率も10パーセントだったり11パーセントだったりする。どれが正しいのか、素人にはわからない。
この記事では、ハーレーダビッドソンの公式プレスリリースを一次資料として、M8エンジンが何であるかを整理する。数値が食い違う理由についても、調べた結果をそのまま書く。
そして最後に、このサイトが一番伝えたい部分——ローライダーSとブレイクアウトに載っているエンジンは、実は同じ117ではないという話をする。
ミルウォーキー8とは何か
ビッグツイン9代目
ミルウォーキー8は、2016年8月23日にハーレーダビッドソンが正式発表した新型エンジンだ。公式プレスリリースでは、同社を象徴するビッグツインエンジンの系譜における9代目と位置づけられている。
歴代のビッグツインは以下の流れになる。
| 世代 | エンジン名 | 登場年 |
|---|---|---|
| 1 | アトモスフェリック・ツイン | 1909年 |
| 2 | Fヘッド | 1911年 |
| 3 | フラットヘッド | 1929年 |
| 4 | ナックルヘッド | 1936年 |
| 5 | パンヘッド | 1948年 |
| 6 | ショベルヘッド | 1966年 |
| 7 | エボリューション | 1984年 |
| 8 | ツインカム | 1999年 |
| 9 | ミルウォーキー8 | 2017年 |
ツインカムが17年続いたことを考えると、M8もしばらくは現役であり続けるはずだ。
名前の由来
「ミルウォーキー」はハーレーダビッドソンの本拠地であるウィスコンシン州ミルウォーキーから。「エイト」は1気筒あたり4バルブ×2気筒で合計8バルブという構造から来ている。
つまりこのエンジンの名前は、そのまま最大の技術的特徴を表している。ツインカムが「カムシャフトが2本」という構造を名前にしていたのと同じ発想だ。
搭載の流れ
M8は2017年モデルのツーリングファミリーとトライクに最初に搭載された。ソフテイルファミリーに展開されたのは翌2018年モデルからだ。
つまり、ローライダーSもブレイクアウトも、M8を積むようになったのは2018年モデル以降ということになる。
ツインカムから変わった7つのこと
公式プレスリリースで挙げられている変更点のうち、乗り手が体感できる部分を7つに整理した。
① 4バルブ化と流量50パーセント向上
最大の変更点がこれだ。1気筒あたり2バルブから4バルブになったことで、吸気と排気の流量が50パーセント向上している。
ただし、プッシュロッドは残された。OHVという基本構造を捨てなかったのは、ハーレーが自らの伝統をどこまで守るかという判断の表れだと思う。DOHC化してしまえば性能は上げやすいが、それはもうハーレーの音でもハーレーの見た目でもなくなる。
圧縮比も引き上げられている。二次資料では10.0対1から10.5対1(モデルにより異なる)とされている。
② シングルカムへの回帰
ツインカムという名前のエンジンから、カムが1本のエンジンに戻った。これは一見すると後退に見えるが、公式の説明は明快だ。
シングルカムのほうが軽く、機械的に複雑さが少なく、摩擦とノイズが減る。チェーン駆動で、油圧テンショナーで調整される。
エボリューション以前はシングルカムだったので、M8は構造的には先祖返りしたことになる。
③ デュアルスパークプラグ
各シリンダーにスパークプラグが2本入っている。より効率的な燃焼のためだ。
これによって燃焼が速く均一になり、燃費の改善にもつながっている。あわせて各シリンダーにノックセンサーが追加され、ノッキングが起きない範囲で点火時期を可能な限り進められるようになった。
④ カウンターバランサーで振動75パーセント減
ラバーマウントに加えて、エンジン内部にシングルのカウンターバランサーが搭載された。これがアイドリング時の一次振動の75パーセントを打ち消す*。
「ハーレーの振動が減ったら意味がない」という声はあるだろう。ただ公式の表現では、ハーレーV型ツインらしいキャラクターは維持しつつ、より洗練されたフィーリングにするという意図が示されている。実際、信号待ちでのブルブル感は明らかに減っている。
*これはツーリングモデルの数値。ソフテイルはデュアルバランサーで設計が異なる。詳しくはこちらの記事を参照 → M8の107・114・117は何が違うのか|中古で選ぶならどれかを数値と体感から考える
⑤ アイドリング850rpmへ
アイドリング回転数が1,000rpmから850rpmに引き下げられた。
数字だけ見ると地味だが、これは音のキャラクターに直結する。回転数が下がるほど、あの独特の三拍子に近い鼓動感が出やすくなる。振動を機械的に抑えた分、回転を下げて味を取り戻すという設計思想が見える。
⑥ 充電能力50パーセント向上
充電システムのアイドリング時出力が50パーセント向上した。
ヒーテッドグリップ、オーディオ、追加ライト、USB充電。現代のツーリングで使う電装品を考えれば、これは実用面で非常に大きい。カスタムで電装品を追加する人ほど恩恵がある。
⑦ アシスト&スリップクラッチ
M8搭載モデルには、油圧アシスト&スリップクラッチが標準装備される。クラッチレバーの操作力が7パーセント軽減された。
シフトダウン時に後輪がホッピングしにくくなる効果もある。渋滞の多い日本の街乗りでは、この7パーセントは体感できる差だ。
その他の変更
熱対策として、リアエキゾーストパイプの位置が変更され、触媒が移設された。乗員から熱を遠ざける設計だ。プライマリードライブカバーが薄型化され、エアクリーナーカバーも低背化されて、脚まわりのスペースが広がっている。
エンジン重量は先代と同じだ。出力が上がって重量が変わらないのだから、加速はそのぶん素直に向上する。公式データでは、107はツインカム ハイアウトプット103と比較して0-60mphが11パーセント速く、114はツインカム110比で0-60mphが8パーセント、60-80mphが12パーセント速いとされている。
なぜシングルカムに戻したのか
M8を語るうえで一番面白いのが、この判断だと思っている。
ツインカムは、その名のとおり2本のカムシャフトを持つことが特徴だった。1999年の登場時、これは明確な進化として語られた。それを17年後に捨てて1本に戻したのだから、単なる後退ではないはずだ。
理由は3つある。摩擦の低減、ノイズの低減、そして機械的な単純化だ。
このうち「ノイズの低減」が特に重要だ。エンジン内部の機械的なノイズを減らせば、そのぶん排気音を大きくしても騒音規制をクリアできる。エボリューション登場時にハーレーが使ったとされる表現がある。ノイズを減らすのは、音楽を増やすためだ、というものだ。
つまりM8のシングルカム化は、性能のためだけの判断ではない。あの排気音を守るための判断でもある。バルブを増やして性能を取り、カムを減らして音を取る。この組み合わせがM8の設計思想の核心だと思う。
排気量の変遷|107から121まで
M8は登場以来、排気量を段階的に引き上げてきた。
107(2017年〜)
登場時の標準エンジン。ツーリングファミリーとトライクに搭載された。
冷却方式で2種類ある。シリンダーヘッドを油冷する「プレシジョン・クーリング」仕様と、水冷する「ツインクールド」仕様だ。ソフテイル系は基本的に油冷仕様になる。
114(2017年〜)
登場時はCVO専用エンジンだった。その後、2021年モデルのストリートボブなどに広がっていく。
排気量は1870cc。ソフテイル系のブレイクアウトやローライダーSにも搭載され、長らくこのクラスの主力だった。
117(2022年〜)
ここが重要な転換点だ。2022年モデルから、ローライダーSとローライダーST、そしてブレイクアウトに117が標準搭載されるようになった。
ブレイクアウトの場合、2023年モデルで114(1868cc)から117(1923cc)に切り替わっている。それまでCVO専用だったクラスのエンジンが、一般モデルに降りてきた形だ。
121(2023年〜)
2023年モデルの新型CVOストリートグライドとロードグライドで初登場。可変バルブタイミング(VVT)を搭載した最新世代だ。
排気量は1977cc。現行のCVOでは、VVT 121が115馬力/139lb-ft、さらに高出力版の121 HOが127馬力/145lb-ftというスペックになっている。
【重要】ローライダーSとブレイクアウト、同じ117でも中身が違う
ここからがこの記事で一番伝えたい部分だ。
現行のソフテイルファミリーは117を標準搭載しているが、すべてが同じチューニングではない。117には3つのバリエーションが存在する。
| チューニング | 搭載モデル |
|---|---|
| ハイアウトプット | ローライダーS/ローライダーST |
| カスタム | ブレイクアウト/ファットボーイ |
| クラシック | ヘリテージクラシック/ストリートボブ |
排気量は同じ117でも、エアクリーナーケースとエキゾーストシステムが異なり、それに応じてスペックも変わる。
ローライダーS|ハイアウトプット
名前のとおり、出力を重視したチューニングだ。ローライダーSはパフォーマンスクルーザーという位置づけで、2-into-1のパフォーマンスエキゾーストと組み合わされる。
サスペンションも専用で、ローライダーS/STにはストロークを伸ばしたトールモノショックが採用されている。アグレッシブに走らせることを前提にした設計だ。
だから、ローライダーSに乗っていて「思ったより回る」と感じるのは気のせいではない。同じ117でも、そういうチューニングを選んで載せてあるということだ。
ブレイクアウト|カスタム
ブレイクアウトに載るのはカスタム仕様。こちらは低中回転のトルク感と、ビジュアル面での存在感を重視した性格になっている。
ブレイクアウトは240mmの極太リアタイヤと34度のレイクを持つモダンチョッパーだ。ハイアウトプットのように回して走らせる設計ではなく、太いトルクで悠然と流すキャラクターに合わせてある。
エアクリーナーがヘビーブリーザーインテークになっている点も、ブレイクアウトの見た目を決定づけている要素だ。ただし右脚に当たるという声もあるので、試乗時に確認しておいたほうがいい。
なぜこれを知っておくべきか
自分のバイクのエンジンがどのチューニングなのかを知っていると、カスタムの方向性が定まる。
ハイアウトプットのローライダーSにトルク重視のカムを入れても持ち味を殺すだけだし、カスタム仕様のブレイクアウトに高回転型のセッティングを入れても車体特性と噛み合わない。マフラー選びも同じで、純正がすでに性格づけされている以上、それを踏まえないと期待した結果にならない。
「M8だから」で括れないのが、現行ソフテイルの面白いところだ。
数値が食い違う理由を調べてみた
冒頭で触れた話に戻る。ネット上の記事で107の排気量やトルク向上率が食い違っているのはなぜか。
調べた結果、ハーレーの公式資料そのものが版によって違う数値を出していることがわかった。
| 項目 | 米国版プレスリリース | 国際版プレスリリース |
|---|---|---|
| 107の排気量 | 1750cc | 1745cc |
| トルク向上率 | 10パーセント | 最大11パーセント(モデルにより変動) |
米国EPAの認証データでは1746ccとなっている。実際の排気量はこの前後で、公式は地域によって丸め方を変えているということだろう。
トルク向上率についても、米国版は一律で10パーセントと表記し、国際版は「モデルにより変動、最大11パーセント」という書き方をしている。どちらも嘘ではないが、引用元が違えば数字が変わる。
ネットの記事はどちらか一方を参照して書かれているため、結果として食い違って見える。どちらの数字を見ても間違いではない、というのが結論だ。
こういう細かい部分まで確認しないと、正確な情報にはたどり着けない。逆に言えば、ここまで確認している記事はほとんどない。
まとめ
ミルウォーキー8は、ハーレーが伝統と現代の要求を両立させるために設計したエンジンだ。
プッシュロッドと45度Vツインという骨格は守りながら、4バルブ化で性能を取り、シングルカム化でノイズを削って排気音を取り戻し、カウンターバランサーで振動を抑えつつキャラクターは残す。この綱渡りのようなバランスがM8の正体だと思っている。
そして現行のソフテイルに載る117には、ハイアウトプット、カスタム、クラシックという3つの顔がある。自分のバイクがどれなのかを知ることが、カスタムでもギア選びでも出発点になる。
ローライダーSはアグレッシブに、ブレイクアウトは悠然と。エンジンの性格が車体のキャラクターを決めている以上、身につけるものの選び方もそこから逆算するのが筋が通っている。このサイトでモデル別にギアを紹介しているのは、そういう考え方に基づいている。
よくある質問
Q. M8とミルウォーキーエイト、どちらの呼び方が正しい? A. どちらも同じエンジンを指す。正式名称はMilwaukee-Eightで、日本語では「ミルウォーキーエイト」、略称として「M8」が使われる。
Q. 自分のバイクのエンジンが107か114か117か、どこで確認できる? A. 車体の型式と年式でわかる。エアクリーナーカバーやエンジンカバーに排気量が刻印されているモデルも多い。ディーラーで車体番号から確認するのが確実。
Q. ツインカムからM8に乗り換えると、何が一番変わる? A. 体感で最も大きいのはアイドリング時の振動の減り方と、熱の少なさ。夏場の渋滞での快適性は明確に違う。
Q. 117のハイアウトプットとカスタムは、後から変更できる? A. エアクリーナーとエキゾースト、そしてECMのマッピングを変えれば性格を寄せることは可能だが、純正の設計意図と車体特性を考えると、素直に乗るほうが結果は良いことが多い。
参考資料 – Harley-Davidson Media Site 公式プレスリリース(2016年8月23日、米国版・国際版) – Harley-Davidson 公式サイト 2026年モデル各車ページ – 米国EPA 2017年モーターサイクル認証データ


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